あの時、あなたに出会っていなかったら

きっと今の私はなかったでしょう

あなたに淡い想いを抱く私は

きっと…

 

クドとリキのバレンタイン

 

「去年は家庭科室凄かったからね〜。とくに今年は日曜に手作りの子は作業に入ると思うから、寮組の子とかたぶんほとんど集まると思うよ〜」

「あたしは作らないから用はないけどな。でも、こまりちゃんは作るのだろう?大丈夫なのか?」

「うん。私は実家に帰ってみんなの分作ってこようかな?って考えてるんだ」

「葉留佳とかはどうなんだ?」

「わっ私デスカ?えっとですね〜。とりあえずあげてみたい…じゃなくてあげてもいいかな?って人はいるんでいちおう用意しようかな?って考えてるとこデスヨ。まあ、義理ですけどネ〜」

義理の部分を強調しつつ、葉留佳は頭を軽く掻きながらチラリと謙吾の方へと視線を向ける。

だが、本当に一瞬だったので彼女の『あげたい人』が彼だと気づいた女子はいないようだ。

鈴は続け様にその場に居合わせた者たちに一通り意見を聞いて回っているようだ。

修学旅行の事故前の鈴と比べれば、それは大きな変化ともいえる行動に、兄である恭介はまんざらでもない様子で遠目に見つめながら軽く笑んだ。

その恭介を小毬たちの話題に集中しているように見えつつも、実はさっきからしきりに気にしているのがリキだ。

彼女は理樹たちが今いる世界とは別の世界から来たもう1人の理樹であり、外見も性別の違いを除けば全く同じというくらい鏡に映したような存在なのだ。

(…去年は結局渡せなかったんだよな〜チョコ。今年はどうしよう。こっちの世界の棗先輩は理樹と幼馴染ということもあってか、同じリキであるボクにも優しいし、接しやすい。でも…)

再び恭介を見つめたリキはおもわず机の上に突っ伏してしまった。

(こっちで想いを伝えてもいずれは帰る身なんだよな〜意味ないじゃん)

「リキちゃん?」

「おい、大丈夫か?」

「あっ小毬さんに鈴さん。ごめん、大丈夫。ちょっと疲れちゃったみたい」

「ところでリキは誰にチョコ渡すんだ?やっぱり恭介か?」

「え?そ…それは〜」

鈴が自分の名を出したことに恭介は反射的に顔をリキの方へと向けたようだ。

傍では理樹と謙吾、それとチョコ以外の話題にはまるで興味なしといった感じだった真人までもが顔を上げ、「何の話だ?」と興味を示しているようだ。

「う…まだ決めてない。あのボク…トットイレ!」

逃げ口を探すようにリキは適当なことを言って輪を抜け出していた。

 

 

「はあ〜もう、急に振られてびっくりしちゃったよお」

火照る頬を冷まそうと渡り廊下で足をとめ、今もなおドキドキと激しく鼓動する胸を抑え、軽く深呼吸をするリキ。

「はあ…」

その隣で同じようにため息をつく小さな人影にふと気づく。

「あれ?クドリャフカちゃん?」

「あっリキさん」

視線を斜め横へ動かせば、そこにはストレルカの頭を撫でながらため息をつくクドリャフカの姿があった。

「そういえば、クドリャフカちゃん小毬さんたちとの話に参加してなかったよね。バレンタインとか予定ないの?」

「え?…いえ、あげたい人はいますし、たぶんその人はあげたら物凄く喜んでくれると思うんです。でも…きっとそれだけ。そう思うとなんか辛くなってきてしまって。今まではそんな風には思ってもいなかったんですが」

クドリャフカはいつもの元気な笑顔すら見せずにただ下を向いたまま、ストレルカを機械的に撫で続けるだけ。

リキはそんなクドリャフカの気持ちがなんとなく分かるような気がした。

彼女の隣に座り込むと、茜色に染まり始めた空を見上げながらこう呟いた。

「ボクにも分かるよ。その気持ち…クドリャフカちゃんはその人のこと、今物凄く好きなんだよね。でも、その人はキミのこと妹とかそんな風にしかたぶん見てくれてないとか思っちゃったりしてさ。だから辛いんだよね」

「はい。そうです。リキさんも…恭介さんにそう思われてると思ってたりするんですか?」

「え?なんで棗先輩限定??」

自分の心を見透かされてるような気がして、リキは激しく動揺する。

せっかく冷たい風に火照った頬を冷ましたばかりだというのに、また顔の温度は急上昇だ。

「リキさんは恭介さんが好きなのだとばかり思っていたのですが…ハッ?まっまさかマサトとか言いませんよね?」

「へえ〜。クドリャフカちゃんは井ノ原くんが好きなんだ?はじめて知った」

「わっわふ!」

今度は、瞬時にしてクドリャフカの顔が夕焼けと同じくらい真っ赤になった。

「たしかに井ノ原くんは恋愛云々になるとちょっと時間かかりそうだよね。でも」

リキはそっとクドリャフカに向かって優しく笑みを浮かべてみせてこう言った。

「ボクが見る限りではクドリャフカちゃんといる時の井ノ原くんの顔、一番いい顔してるよ」

「そう…ですか?」

「うん!だからもっと自分の気持ちをぶつけていっちゃいなよ!それぐらいしないと井ノ原くんは気づいてくれないかもよ」

「はい。ありがとうございます」

リキの言葉にクドリャフカは少しだけ元気を取り戻したようだ。

いつもの無邪気な笑顔をリキに向けて、亜麻色に輝く髪をなびかせて勢いよく立ち上がってみせた。

「リキさんも…きっといつかうまくいくと思いますよ。恭介さん…といっても、こちらの恭介さんじゃダメなんですよね?でも、こちらの恭介さんはたぶんリキさんのこと---」

クドリャフカが思ったことをリキに告げようとしたときだった。

「お〜い!クー公!こんなとこにいたのか?なっバレンタインチョコなんだけどよ。おまえは絶対くれるよな?なっなっ?」

遠くから大音量でクドリャフカめがけて声を上げる真人によって肝心な部分はかき消されてしまったようだ。

渡り廊下を駆け抜け、一気にクドリャフカの前に辿りついた真人は、傍にリキがいることなど目に入らないのかチョコのことと、クドリャフカのことしか頭にないかのように話を続けている。

リキは真人の陰になって見えなくなったクドリャフカに「良かったね」と悲しげに微笑みだけ残すと、黙ってその場を離れていく。

(クドリャフカちゃんの言葉はうれしい。でもね。ここじゃダメなんだよ…ここで夢が叶っても想いが繋がっても報われないんだよ)

 

『…好きだと思いますよ』

 

クドリャフカがリキに向かって告げた言葉はリキの胸には届いていた。

でも、住む世界が違う2人にはその言葉が見せてくれる幸せな結末も所詮は夢物語に過ぎないのだ。

「ボクはなんのためにここへたどり着いたんだろうね。理樹…」

 

--こんなにも好きだった人が今、とても近くにいる。

そしてその人は自分が望んでいた言葉をくれる人でもあった。

でも、受け入れることはできない。

受け入れたとしても結ばれることはできないのだから…

それでもボクは自分の答えを見つけるその日までは夢を見ていたいと願うから

今もこうしてここにいるのかもしれないね

 

-end-


あとがき--

なんか暗くなっちまったよ。

シリアス予定の分をこっちに混ぜた感じでまとまっちゃったようです。

あれえ?

…ということでバレンタイン小説完了です!

2011.02.06