眠り姫に目覚めのキスを(京天♀)

「おい…もう限界なんじゃないのか?」

「いやっ!まだだ!俺はまだやれる!剣城!もう一回だ!」

いつになく、ムキになって松風はぼろぼろの体を引きずって立ち上がろうとする。

かれこれ、2時間近く。

俺は松風の練習相手になって奴の必殺技の特訓に付き合っていた。

「天馬!」

最初のうちは黙って俺たちの特訓を黙ってみていたキャプテンだったが、さすがにもう止めなくてはならないと判断してか、彼女の前に立ち塞がる。

「キャプテン!どいてください!俺っまだやれます!大丈夫です!」

「何が大丈夫だというんだ!もうやめろ!終わりだ!このまま無理して続けても必殺技なんて完成しない!明日またやればいいだろう!」

「もう少し…もう少しなんです…もう少しで見えそうなんです。だから…お…れ…」

「天馬っ!」

「松風!!」

バタリと不意に俺とキャプテンの目の前で松風が倒れた。

慌てて俺とキャプテンが駆け寄れば、松風は意識を失ったまま、ピクリとも動こうとしない。

「このっバカ!」

「剣城…」

「こいつは俺が保健室まで連れてきます。すみませんが、後片付け、頼んでもいいですか?」

「あっああ。そうだな…天馬もおまえの方がいいだろうしな。こっちは俺と霧野とで片付けておく。天馬のこと頼む」

「分かりました」

スッと松風を抱き上げた俺に、キャプテンは少しだけ悔しそうな顔を浮かべた後、すぐに目の前に転がるサッカーボールを拾い上げ、心配そうに俺たちの様子を見守っていた霧野のとこへと駆け戻っていった。

(本当に、コイツは--)

こんなにもたくさんの奴に愛されてるのに、こんなにも無茶ばっかしやがる。

キャプテンも、霧野も…それにおまえと一緒にサッカーで繋がった奴らみんな、おまえという風に吹かれて変わらされたんだぜ。

だけど、おまえはさ…そんなこと微塵の欠片も気づいてないんだよな。

誰に対しても、変わらない愛を送って包みこむ。

おまえは俺を選んだとはいえ、一度だって俺を特別扱いした風は見せやしない。

時折、思うんだ。

--おまえは本当に俺の恋人なんだろうか?って…

※ ※ ※

保健室には誰もいなかった。

開け放したままになっていたところを見ると、急患でも校内に出て、養護の先生は飛び出して行ったのだろう。

仕方なしに俺は松風を空いてるベッドに横たわらせ、その隣に椅子を引き寄せ座り込む。

(ったく、可愛い顔して寝やがって…)

かなり疲れきった顔はしているが、見たところとくに問題はなさそうだったので、俺はしばらく黙ってこいつの容態を見守ることにした。

開け放された窓から秋風が吹き込み、白いカーテンを揺らしていく。

「天馬…」

滅多に呼ばないアイツの名前を久しぶりに呼んでみる。

本当は四六時中コイツの名前を呼んでいたい。

コイツの温もりも笑顔も、俺を「好きだ」って言う言葉さえも独り占めしていたい。

だが、コイツは俺の恋人である前に究極のサッカーバカだ。

いつだって、頭の中はサッカーのことだらけ。

【サッカーが泣いてるよ】

【サッカーが寂しがってる】

【サッカーやろうよ】

アイツが言う言葉はいつも同じ。

でも、時々…フッと俺だけを見て言ってくれる言葉が1つできた。

「京介が…大好きだよ」

「天馬っ?!」

不意に天馬の唇がそう呟いたのを聞いて、俺はハッとなって天馬を見つめる。

だが、天馬本人は未だに深い眠りについたままの眠り姫を気取っている。

「なんだ…寝言かよ」

幸せそうな顔して眠る天馬の額に手を触れ、俺はそっとその髪を梳いていた。

「天馬…俺もおまえを愛してる。おまえを好きな奴らの誰よりも深くな」

普段なら決して囁かない言葉を彼女の耳元に囁いて、俺は眠り姫が早く目覚めるようにとそっとキスを1つ落としてやった。

「んっ…」

触れ合った唇から、フッと天馬の息が漏れ、ゆっくりとその固く閉ざされていた瞼が開いていく。

「あっ…きょ…すけ?おはよう」

まるでさっきまでの激しい特訓のことを忘れたかのような呑気な口調で、俺を見上げニッコリと微笑む天馬。

「何がおはようだ。バカ。もう夜になるって時間だってのによ!」

「ふえ?え?そうなの?」

「ああ。おまえ、少し前まで自分が何やってたか覚えてないのか?」

呆れて、そう問いただせば天馬は「うーん」と軽く呻いた後、「あっ」となって上半身を起こし、ベッドから飛び出そうとする。

「そうだ!俺、特訓の途中だった!片付け!片付けしてないよ!キャプテン、怒ってるかな?」

「それなら、キャプテンたちがやってくれてたよ。それと」

無理矢理、天馬の両肩を押さえつけ、俺は再び天馬をベッドに寝かしつけると、そのまま天馬の上に覆いかぶさっていた。

「京介?」

別に襲うつもりとかで押し倒したわけじゃないが、それでもこの状況で普通ならちょっとは焦るだろ?

女なら…

なのにコイツは俺が自分の上に組み伏しても、きょとんとした間の抜けた顔のまま、俺を見上げているだけだ。

唯一、いつもと違うのは気持ち顔が赤らんでいるくらいか。

しかし、それも今差し込んできている夕日のせいだといわれたら、そう思わざるを得ないくらい、こいつに緊張感は見られないのだが--。

俺はそのまま、無防備すぎるバカ天馬にもう一度キスをした。

「ふあっ//」

「もう少しだけ休んでいけ。せめて養護の先生が戻ってくるまではな」

「うっうん…分かった//」

俺が離れると同時に、天馬はゆでだこの様に真っ赤になった顔を布団カバーでしっかりと覆い隠すと、そっと目だけ覗かせて、遠慮がちに俺へと囁きかける。

「あの…さ…」

「なんだ?」

「帰らないでよ」

「ああ。帰りも送ってってやるつもりだから心配するな」

「絶対だからな!」

「ああ」

「…ありがとう京介」

--大好きだよ。

最後の言葉は布団の厚みでくぐもって聞こえづらかったが、それでも俺の心にはしっかりと届いたからな。

「俺も…好きだ。天馬」

そっと本人の顔を見ることなく、素っ気なく返せば布団の中からもぞもぞと突き出された細い手が俺のベッドに乗せていた手首を掴み、キュッと握ってきた。

おもわず振り返れば、そこには嬉しそうに微笑む天馬の顔があって---。

俺たちはその日だけで3回目のキスを交わしていた。

-end-