これくらいしかできないから(倉天♀)

「これ、俺の初恋の人がくれたものなんです」

ある日の放課後。
サッカー部の練習が終わったあとのこと。
帰り支度を終え、俺がサッカー棟を出ていくと、すぐ外で天馬が、他のマネージャーたちと輪になって、彼女らに何かを見せているのが目にとまった。

--初恋の人。

同時に、ピクリとその言葉に過敏に反応してしまう。

「へえ、天馬の初恋の人ね〜。で?その初恋の人って現在進行形?」
「え?あっううん!その人ね、もう結婚しちゃったから…」
「じゃあ、かなり年上の人だったのね」
「あっはい。でも、俺より12ほど上だったくらいでしたけどね」
「そうなると、監督たちくらいの年の人か」
「そういえば、天馬ってば、染岡さんに会ったときなんか頬染めてたもんね〜。もしかして、あなた年上好きとか?
「ええっ?!俺っ別にそんな恋愛感情とかで染岡さん見てたわけじゃないよぉ〜!普通に素敵な人だなって…あの人もそうだったなぁ。恋愛というよりかは憧れ…」

最後の言葉は少し寂しそうに小さくなって途切れていった。
その顔はどう見ても、自分で言い出した「憧れ」とかかくる思いじゃないだろ?とおもわず、俺は心の中で呟いていた。

「あっ!倉間先輩出てきたみたいです!」

ふと、天馬が俺の存在に気づいたらしく、大きく俺へと手を振って合図してるのが横目で捉えられた。
俺はいまだ慣れない恋人としての立ち位置に少々気圧されながらも、遠慮がちに手を振り返してみる。
天馬は3人のマネージャーたちに「さよなら」を告げて、元気よく俺の隣へと駆け寄ってきた。

「すみません!ちょっとのつもりがつい長話しになっちゃって。来てたんなら、呼んで下さればよかったのに」
「いや、別に急いで帰ろうとも思ってなかったし。それよか」
「はい?」

俺は天馬と並んで歩きながら、ふと彼女の鞄に下げられたぼろっちいマスコット人形をちらりと見下ろしながら、言葉を濁す。
天馬も俺の目線に気づいたのか「ああ、これですね」といって、それを片手で掬い上げた。

「もうずっと一番使う持ち物に提げてたから、ぼろぼろになっちゃって。目なんて今にもとれそう。そろそろこの子ともお別れかなあ」

--俺の初恋も、もう終わっちゃったし。

ぼそりとそう独り言を呟いた後、天馬は自らの手でキーチェーンを外していく。
俺はなぜだか自然と手を伸ばし、気がつけば、口は彼女が外したマスコットを渡すように催促していた。

「よこせ」
「倉間…先輩?」
「よこせって言ってんだよ」
「え?」
「いいから、こっちへそれよこせ!」
「あっはっはい!」

俺は天馬からくたびれたマスコットを受け取ると、近くの公園へと天馬を引っ張っていき、ベンチへと腰掛ける。
そして、鞄から携帯用の裁縫道具を取り出すと、天馬がきょとんとした眼差しで俺を見つめているのも気にせずに、マスコットの取れかかった目を直していく。

「ほらっ」

物の数分で修理は完了し、俺は天馬へとマスコットを返してやった。
天馬はまだ自分の目が信じられないといった感じで、目の前の綺麗に修繕されたマスコットと俺とを交互に見つめながら、次第とその目はキラキラと輝いていく。

「すっ凄いです!」

ようやっと彼女から吐き出された第一声はそれだった。
俺は彼女が何を見て、そう言ったのかをなんとなく理解すると同時に、頬に熱が集まるのを感じ、慌てて彼女から目を逸らす。

「べっ別に凄かねえよ。ただ、ウチの母さんがそういうの得意で、俺も小さい頃から教わってきたから」
「でも、秋姉みたいです!こんなに綺麗に直せるなんて!!倉間先輩って凄く器用なんですね!」
「だからっ別にっ俺は」
「…がとうございます」
「え?」

あまりに全力で褒めるものだから、つい気恥ずかしくなって天馬の小さな呟きをおもわず聞き逃しそうになっていた。
俺が慌てて天馬へと振り返れば、天馬は大切な思い出のマスコットを両手で包み込んだまま、俺を見つめ笑っていた。

「ありがとうございます。あなただけです。この子を捨てろとは言わず、黙って直してくれたのは」

--それって、過去の思い出をこれからも、変わらずに大事にしてていいってことですものね。

綺麗になったマスコットを鞄へと付け直しながら、天馬はそっと俺の肩へと頭を傾げる。
俺はちょっとビクッと驚きつつも、それでも退かすことはせず、そのまま静かに「ああ」と彼女の言葉へと短い返事をする。

「大切な人から貰ったもんなら、使えなくなるまで大事にしろ。もし、またそれが壊れても俺がいくらでも直してやる。俺にはそれしかおまえにしてやれないから」

--何も天馬にあげるものなどない。
何も天馬に残すことも出来ない。
だから、せめて天馬の笑顔と思い出を残せるのなら、俺は俺にできることをこれからもしていきたいから…
これくらいしかできないから…

俺は神童みたいに何でもほしいものを与えられるご身分じゃない。
俺は霧野みたいに素直に自分の気持ちを好きな女に伝えられるほどの勇気もない。
だから、せめて口に出来ない気持ちを不器用ながらに態度で示せたらいいと思う。
それがどんな形でも…
キミに届けば---

「俺、やっぱり倉間先輩を選んでよかったです。大好きです…典人さん」
「てっ//おまえっ」

キュッと強く手を握り締められ、笑顔で名前を呼ばれ、俺は今沈みゆく夕日以上に顔を真っ赤にして、再びそっぽを向いてしまう。
それでも、天馬はそれで充分だといわんばかりに再び、俺の肩へと頭をもたげると静かに目を閉じる。

--ああ、これからもずっと、こうしていられるといいな。

どうでもいい日常の、どうでもいい思い出の1つさえも、俺にとっては全て大事だから。
キミと過ごすこの日々が、今一番幸せなのだから---。

-end-