僕のカノジョにはヒミツがある
9.天馬に生き写しの少年
あれから、霧野監督の家までランニングさせられた挙句、マンションのエレベーター使うことすらさりげに禁止されて、5階まで駆け上がれ!だもんな。
とうの監督は「じゃ、俺は先に5階で待ってっから!」といって、エレベーターに乗り込んで消えちゃうし…。
--本当にこの人、鬼だ。
ただでさえ、元プロと神のタクトとさえ言われた雷門のOB2人に振り回されてくたくただってのに、全然容赦ないんだから、たまったもんじゃない。
そう心の中で愚痴をこぼしながらも、俺は言われたとおりに残りの力を振り絞って階段を駆け上がりきった。
「と…到着ー!」
「よしっ!完璧だな。さすが何事も全力疾走なくんだ!分かったか?これがおまえの本当の限界線」
「へ?これが俺の限界…ですか?」
手すりにしがみつき、ゼエゼエと激しく肩で呼吸をする俺の腕を取って立たせると、霧野監督は「そっ」と軽く返事をして、俺を支えて歩き出す。
「不思議とさ、自分の限界って自身だとここまで!とか思っていても、見る人が見れば、まだ本気だし切れてないもんなんだよな。俺も、昔有能な監督からそれ教わった。必殺技ばかりに頼らず、まずは基礎を磨けってな」
「あっ…それ、俺聞いたことあります。たしか天馬さんが…」
ドアフォンを鳴らすと、中から霧野の声が聞こえ、内側からカチャリと鍵が開く音が聞こえた。
「あっパパ!もおかえり〜って!!どうしたの?ぼろぼろじゃん!」
「ははっ…ちょっと監督に特別メニュー組まされちゃって」
「ちょっと!パパ!いくらが才能あるからって、やりすぎ!!ほらっ!立てる?シャワー貸したげるから、まずはその泥臭い体なんとかしなさいよね…って!パパもなんで泥だらけなのぉ?!」
「いやぁ、久しぶりにおもいっきり走り回ったからなぁ」
「ったく!とにかく!先にどうぞ。ご飯の準備、もう少しかかるから」
そういって、霧野は再びキッチンへと引き返していく。
俺は監督に案内されるがままに、風呂場へと向かい、借りたタオルと着替えを一式持って、体の疲れと汗を流すことにした。
※ ※ ※
「お風呂、ありがとうございました」
「あっすっきりしたな。じゃっ蘭花。飯の用意頼むな。俺、風呂入ってくっから」
「はぁい」
洗い物をしていた手をとめ、霧野は準備しておいた料理を次々と俺の前へと並べていく。
「パパはもう食べちゃったから、これ全部アンタのね」
「え?こんなに…?」
「何?もしかして食べきれない?あれだけ泥だらけになってたもんだから、相当お腹空いてるだろうってパパと2人がかりで、倍作ったんだけど」
--多すぎたかしら?
そう作りすぎたことを反省するかのように、しょげる霧野を前に、俺は慌てて首を振ってみせた。
「あっいや!喰える!!喰ってみせる!!ってことで、いっただきまーす!」
「あ…うん!どうぞ、召し上がれ。たぶん、普通に食べられるレベルだとは思うんだけど…」
急な客人に対してのメニューとしては、かなりがんばったんじゃないだろうか。
「うん!上手い!監督が霧野の作る飯はうまいって言ってたけど、本当に上手いな!これなら、マジで全部完食できそうだよ」
「本当?良かったぁ!ほとんど、急ごしらえだったし、残り物のアレンジとかばっかでアレだったから、ちょっと心配だったんだよ」
ホッとした様子で、再び洗い物の続きに取り掛かった霧野の後ろ姿を見つめて、俺は彼女の背中に今は亡き母親の姿を重ねていた。
そして同時に、霧野にも母親がいないことを思い出す。
「なあ」
「何?」
「おまえ、天馬さんが亡くなってからずっとこうなの?」
「え?あっああ。うん、まあ…本格的に家のこと全部するようになったのは小学4年くらいからかな?それまでは秋叔母さんがよく手伝いに来てくれてたし、パパも休みの日は主夫業専念してくれてたけど、試合とかでいないこと多かったから」
--自然と家事を進んでするようになってた。
そう霧野はちょっとだけ寂しそうな笑みを浮かべて、皿を拭き始める。
「部活もね…高校に入ってからはじめて女子サッカー部に入ったんだ。それまでは弟もまだ小さかったし、パパも選手してたし、私がママの代わりにみんなを支えなくちゃって思ってたから」
ふと霧野の視線が開け放された居間の先にある仏壇へと注がれていた。
俺も釣られてそこを見つめたとき、おもわず「え?」と仏壇の前に座る見知った後ろ姿に一瞬、目を擦っていた。
「琥太丸…アンタ、またママのこと」
琥太丸と呼ばれた少年は、天馬さんをそのまま小さく男の子にしただけのような子だった。
しかし、姉である霧野の呼びかけに振り返ったとき、その目だけは監督によく似た形の良い透き通る湖のような瞳をしていた。
彼は俺と霧野へと振り返ると、スッと立ち上がり、なぜか俺をキッとした目で睨みつけると何も言わずに居間から立ち去っていってしまう。
「こらっ!琥太丸!お客さんに挨拶くらいしてけー!!」
「あっいいよ。別に…それより、あの子。天馬さんに瓜二つだな。とくにあの特徴的な髪型」
「パパもよく言ってる。サッカー嫌いなとこ以外は、男に混じってサッカーしてた頃のママそのものだって」
霧野はそう言って、仏壇へと向かうとさっきまで琥太丸が眺めていたと思われるアルバムを1冊手にして戻ってきた。
「拓葉のお母さんが中学時代に撮りためてた写真を焼き増ししてもらったヤツなんだって。あの時のママを語るものはもうこの写真たちだけらしいよ」
そういって「見てみる?」と言って差し出されたアルバムを開けば、そこにはさっきの彼と瓜二つの天馬さんが、監督たちと同じ雷門中サッカー部のユニフォームを着て、映ってる写真が顔を覗かせる。
「そこのバンダナしてる人が、椛のパパの円堂守さん。監督してたんだって。それでその隣のが--」
霧野が1人1人、写真に映る人物の説明をしていく中、俺はなぜ琥太丸がこの写真を眺めていたのかが気になって、ずっとそのことばかり考えていた。
「ねえ?ちょっと!聞いてる?」
「あっああ。ごめん!で、えと…この人がぁ…おっ!京馬の父ちゃんいるじゃん!へえ、京馬の父ちゃんも天馬さんと同期だったんだ」
「あたし、それさっき話したとこなんだけど…」
「え?」
霧野の視線が痛い…。
俺はおもわず視線を逸らしつつ、彼がなぜあんな憎々しい目で俺を睨んでいったのかを霧野にすら聞くに聞けずに、静かにアルバムを閉じるのであった。
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