ハプニング・ラブレター

 笹瀬川佐々美は、真剣な面持ちで廊下に立っていた。

 待ち人と会うために。

 ほどなくして待ち人が現れた。

 剣道着を着た男子生徒だった。彼はまっすぐこちらに向かっていた。

 距離が縮まるにつれ、喉が渇き、胸の動悸が激しくなる。

 ――今度こそ……

 緊迫した空気が体を包み込む。

 男子生徒は佐々美の横を通り抜けた。振り返って後姿を見送る佐々美。

 剣道着の男は廊下の角を曲がって姿を消した。

「また駄目でしたわ……」

 佐々美はがっくりとうなだれた。

「どうして私はいつもこうなんですの……ただ、この手紙を渡すだけですのに、そんなことすらできないなんて……」

 と言って、取り出したのは薄い桜色をした可愛らしい封筒だった。

 これを渡すために待っていたのに、今回も結局何もできなかった。

声をかけることすらも。正直、自分がここまで意気地なしだとは思ってもみなかった。

「何をしているんだ?」

「何って、宮沢様にこのラブレターを渡そうと……って、な、棗鈴!」

 振り返ると、すぐそこによく知ったポニーテールがいつの間にかいたので、佐々美は驚きの声を上げてしまった。

 ――よりによって、こんな私の姿を見られるなんて……

 羞恥心で顔が熱くなる。佐々美にとって、これはある意味屈辱といえた。

「宮沢様って、謙吾のことか?謙吾に何か用なのか?」

「あ、あなたには関係のないことですわ!」

 佐々美は慌てて封筒を両手で隠すと、逃げるようにその場から立ち去った。

 彼女が向かった先は中庭だった。

 ――私はいったい何をしていますの……

 悔しさと情けなさが混濁した気持ちにかられる。

 自分がこれほどまでに臆病だったとは正直思っていなかった。そんな自分が許せなかった。

「笹瀬川」

 不意に背後から誰かに名前を呼ばれた。

「何ですの!」

 募った苛立ちを隠さずに振り返った。その瞬間、佐々美は我が目を疑った。

「み、宮沢様!」

 唐突な思い人の出現に激しくうろたえた。

 ――どうして宮沢様がここに……

 声にならない問いかけをする。

 しかし、それを分かったかのように謙吾が答えた。

「鈴のやつが笹瀬川が俺に大事な用があるみたいなことを言ってきたから、探していたんだ。いったいどんな用だ?」

「あ、えっと、それはその……」

 反射的に封筒を後ろ手に隠す。そのまま前に出せばよかったのだが、そんな挙動すらできなかった。

 笹瀬川佐々美はどこまでも恋する乙女だった。

 そのとき、佐々美の後ろから人影とともに一陣の風が通り抜けた。

 その正体は棗鈴だった。

「え……?」

 さらなるサプライズにしばし呆然となる。

「これを詠め」

 鈴は淡い桜色の封筒を謙吾に渡した。

 ――あれは!

 ここで持っていた封筒がなくなっていることに佐々美が気づいた。

「ふむ、手紙か。どれどれ」

 謙吾が封を切ろうとする。その隣で鈴が興味津々といった感じでのぞき込んでいた。

「あ、こら!何であなたが読もうとしていますの!」

 佐々美は思わず封筒を取り戻そうとした。

「あ」

「きゃっ」

 封筒の取り合いになった拍子に、佐々美と謙吾はもつれるように倒れこんだ。

 気がつくと、佐々美は謙吾に覆いかぶさるような姿勢になっていた。

「も、申し訳ありません!私ったら、なんてはしたない真似を……」

 慌てて立ち上がる佐々美。羞恥のあまり全身が熱くなった。

 このとき、佐々美は右手に握られているものに気づいて目をやった。

 そこにあったのは、破れた封筒だった。恐らく、取り合いになった際に破れてしまったのだろう。

 ――私のラブレターが……

 落胆のあまり目の前が真っ暗になった。

「もしかしてこれは俺あての手紙じゃなかったのか?」

 同じく封筒の片割れを手にした謙吾が尋ねた。

 「それは謙吾あての手紙だ。ラブレターっていって、大事な手紙だそうだ。こまりちゃんが教えてくれた」

 何も言えない佐々美に代わって鈴が答えた。

「な、何言っていますの!」

 何の前触れもなくあからさまに事実を公開され、佐々美は激しく動揺した。

 無理もない。まさかこんな形で謙吾にラブレターの存在を知られるとは想像すらしていなかったのだから。

 しかし、こうなってしまっては、もうどうすることもできなかった。

「そうか。俺あてのラブレターだったのか。事故とはいえ、それはすまないことをした」

 謙吾はそう言うと、まっすぐ佐々美を見つめた。

「笹瀬川。悪いが、もう一度書いて俺に渡してくれないか?そうすれば、そのラブレターをしっかり読んで、真剣におまえの気持ちに応えようと思う」

「宮沢様……」

 予期せぬ言葉を受けて、驚きとともに歓喜が佐々美のもとにやって来た。

 嬉しさのあまり、心なしか体が震えている。さらに全身が熱くなり、胸の鼓動が否応なしに高鳴った。

「分かりましたわ!前よりももっといいラブレターを書いてお渡しいたしますわ!」

 佐々美は、恥じらいをコーティングした微笑みを浮かべながら、力強く答えた。

 end

 感想〜

 三剣さんから送っていただきました。

 私の描いた絵をベースにイメージして作ってくださった小説です。

 さすが物書きさんなだけあって、文章が読みやすく頭の中でイメージが湧くんですよね〜vv

 佐々美の乙女心と謙吾の紳士的な態度、鈴の俊敏な行動力とか、次々と頭の中で自然と流れていってゲームの一イベントでも見ているような気分になります。

 小説の頂き物はこれがはじめてなので、第一号作品として大切に保管させていただきます。

 ちなみに挿絵は私が描いたものです。

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